「パパ、今日は一日自由に遊んでおいでよ。」
囲碁教室が休みの日曜日。朝8時半ころに、突然僕に付けられた凧の糸を娘によってプツりと千切られた。今日は一日お友達とボルダリングに行くお約束をしているらしい。”一日自由券”を急に与えられた僕は、行き先に困った。気の利いた日帰りドライブコースもいいが、こんな時間からじゃ既に出遅れ感満載だし、絶景を望める場所へ行くのだって時間内には厳しそう。
あれこれ考えていたら、何となく美味しいカレーが食べたくなった。
まだ独身だった頃に見つけた「おとなのチキンカレー屋」さんへ何年かぶりに出掛けてみようか。神戸元町駅前で見つけたそのお店は、4人も座れば満席になるほどの小さな小さなお店だった。
( ↑ 当時のブログ )
今は移転して、大通りを北へ信号機2つ分くらい上がった場所にあるセブン-イレブンの手前の細い路地を少し入ると可愛いお店がある。あの当時と比べれば、カウンターメインではあるけれど、5倍ほどの大きさのお店になっている。
お洒落な大人の女性がカレーをつくると、こんな味がするんだというエッセンスが詰め込まれている。スプーンで掬って口に運んだ瞬間、酸味がふわりと広がりその後に爽やかな辛さが口いっぱいに広がるとても洗練されたカレー。女性ひとりでも、気楽に食べにやって来られる都会感がココには存在している。”チキンカレー屋さん”を謳っているだけあって、ホロホロした大きめのチキンが存在感を主張しているのが嬉しい。駅前でやってた頃によく食べたあの当時の雰囲気そのままだったし、味も中身も何も何一つ変わっていなかったのが、僕にはとても嬉しかった。カウンター席の、隣との席間の狭さまでもが懐かしかった。
メニューは、普通500円か大盛り600円の2種類だけ。とてもシンプル。
大盛りを半分ほど食べると知らず知らずのうちに、うっすらと額に汗が湧き出ている。上品なこの辛さが「おとなのカレー」なのだ。見ず知らずの隣の女性に気を使いながら、僕はジャケットをそっと脱いで、スプーンを再び手にとった。
ルーも残さず綺麗に食べきり、一息ついて水を飲み干し、さっと精算をする。
「いつもありがとうございます。お気をつけて」
いつも愛想のいい女性店主が声を掛けてくれた。
9年ほど前まで毎週通っていたあの頃と全てが同じだった。僕は、ジャケットを手に持ったまま、六甲おろしの吹く冷たい坂道を、ニヤニヤしながら駅まで歩いた。
・