岡山県から兵庫県に入ってからは、地図も見ないで山間の道を気ままにひたひた走った。
「ひまわりとコスモスが一緒に咲いてる」
後部座席に座っている妻が、突然声をあげる。右の窓の向こう側に見えたのは、10月だというのに小振りなヒマワリが満開で、ユラユラと風に揺れるコスモスが同じ場所で咲いていた。
看板には「南光町」という文字が、チラリと視線をかすめる。はじめて夏に訪れたヒマワリで有名な場所だった。ここから先の道は、誰に指図されることのない僕の知っている道になる。いわゆる僕の庭ってやつだ。僕の庭で、路肩に車を止めて、栗拾いをしている家族と目が合った。時間は、お昼を少し回ったところだった。
「こんな山奥やったら、ご飯食べるところもないやん」
「”こんな山奥に~”なんて思ってるんやろ? ちょっと行ったら、いきなり都会になるから、お前らビックリしてションベンチビるで」
ステアリングを右に切ってから、ゆるいカーブの上り坂で僕はアクセルを少しだけ強めに踏み込んだ。
「もー笑わさんといてよ。ションベン千切るって何よ。どうやって、ションベン千切るんよー」
シフトダウンに合わせて、エキゾーストが唸りを上げる。助手席に座る娘は、シートベルトを揺らしながらコロコロと笑い転げている。
「いや、いきなり都会になるから、びっくりするで言うてるねん。千切れへんで、”チビる”や。」
太陽の何億倍という明るい放射光で、分子・原子レベルの研究ができる施設がある街だ。山を切り開いて作り出された片側2車線の広い道路が、突然現れた。緑に紛れて巨大建物があちこちに点在している。目の前に広がる芝生広場では、フリーマーケットが開催されている様子だったので、少しの時間だけ寄ってみることにした。
「レベルの高いフリマやな」
都会の人が作った繊細でお洒落さがほのかにかおる、ロハスな商品が並ぶ。
一歩でも道を逸れると、山奥だったことを意識させてくれるような、見たこともない虫が飛んでいる。今年はじめて、道を這う巨大なムカデを見つけて、妻と娘が奇声をあげていた。
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